霧にかすむ吉野杉・檜の林
霧の発生で、まるで長谷川等伯の「松林図屏風」のような光景が出現していた。訪れたのは樹齢五十年ほどの林である。樹冠以外に葉を繁らさない林は、枝打ちをされたまっすぐな杉が並んでいる。「密植」という高密度の林に、雨後に生じた霧が漂っていて、なんとも神々しい景色を生み出していた。自然と人の営みが均衡することで生まれる絶景である。
吉野町は「吉野杉・檜」で有名だ。銘木には理由がある。高い密度で木を植えているため、一本一本の木に当たる陽光は少なく、木々の育ちは遅くなる。発育が遅い分年輪の幅は狭くなり、木目は細やかで均質になる。木々をゆっくり育てるということは、それだけ出荷までの年月がかかるということだが、吉野の人たちはこのような方法で「吉野杉・檜」を育ててきたのである。
日本の国土の約7割は森林であるが、その内の4割は人工林である。人工というと自然と相容れないもののように聞こえるが、人の営みと自然は本来対立するものではない。いずれも「生」の営みであり、共振する部分がある。その絶妙な均衡を吉野の森に感じた。林をめぐる険しい山道が、人が安全に歩ける程度に整備されるなら、吉野は素晴らしい山歩きの名所となるかもしれない。
町内に点在する製材所には、材木が並んでいる。手際のいい加工によって丸太は見事な角材となり、しばらく乾燥の時を過ごす。杉も檜も木目が細やかで、肌にほんのりと赤みがあるのが特徴である。そしてさらに精密に加工されて、建築や家具の部材として出荷されていく。角材を取った丸い周縁を含む端材は、割り箸の材料になる。時間をかけた材は隅々まで使い切る。
2016年にHOUSE VISION という展覧会で、民泊で知られるAirbnbと建築家の長谷川豪、そして吉野町の協働によって「吉野杉の家」という展示用の家を作った。木の美しさを生かした二階家で、上階に2寝室、1階は食堂兼居間である。「吉野杉の家」は展覧会後にこの地に移築された。泊まり心地は上々で、遠くから多様な人々を呼び寄せ、吉野の人々との貴重な結節点となっている。
2019.7.18