50年間無休で開館を続ける庭園美術館
枯山水庭を撮るべくカメラを回し、左から右へとゆっくりパンしはじめて約1分、カメラを止める理由が見つからない。「低空飛行」では通常1分の動画を作るのに14〜20カットの映像や写真を用いてきた。一つの対象を描くには自然とそれくらいのカットを要するのである。しかし足立美術館の庭は一つの場所から見渡して全く破綻なく見所が連続している。したがって、カットを割ることなく無編集で1本の動画ができてしまった。
横山大観や北大路魯山人の作品所蔵と日本庭園で知られる足立美術館であるが、まず目に入るのは丹精して手入れされた植栽である。入り口付近の静かな苔庭、そして壮大な借景を得た枯山水庭、鯉が群れる池庭、そして白砂青松庭と多様である。動画は主庭の枯山水庭である。箒の掃き目がすがすがしい白砂に丸く刈り込まれた皐月や躑躅の立体感と、黒い石、そして柔らかな曲面を持つ芝生の広がりが独特の景観を生み出している。
島根県安来市は、どじょう掬いと安来節で知られる鄙の地。ここに忽然と存在する美術館と庭園の創設者は、足立全康という立志伝中の実業家である。この地の農家に生まれ、木炭を大八車で運搬する仕事の中で、空いた荷台に別の商品を積み込んで商いを始めたことをきっかけに実業への興味が開花した。多種多様な商売を経て、最後は大阪の不動産業で財をなした。七転八起の人生の間で目に留まったのが横山大観の絵であった。
1970年、美術館と庭園作りを故郷安来の地で始めた。コレクションを重ね、北澤コレクションからまとまった点数の代表作を購入した時点で、氏は横山大観の一大コレクターとなった。何事にも手を抜かず、執念と情熱で事を成就する足立全康の気概が、庭づくりに集中し、八百本にのぼる赤松は能登から、鳥取からは佐治石、枯山水庭の奇岩は岡山の小坂部川から運ばせ、何度も樹々を植え替えさせる獅子奮迅の作庭であったとか。
隙のない庭は、冷え枯れた情緒を重んじる日本の庭の中では眩しすぎるきらいはある。しかし、世界55か国に読者を持つ米国の日本庭園専門誌が実施する、数百から千もの候補から選定される日本庭園ランキングで、2003年の企画開始以来18年連続で足立美術館が1位であるそうだ。ちなみに2位は桂離宮とか。その評価点の一つが、毎朝、職員総出で庭掃除を行い、この庭の何たるかを理解していることだという。
館専属の七人の庭師が中心となり、毎朝清掃や植栽の剪定を行っており、職員もまたこれに携わっている。いかなる姿勢で庭に向き合うべきかということを、館長はもとより喫茶室や茶室の職員まで深く把握している。驚くべきことに足立美術館は1970年の開館以来50年余にわたって1日も閉館していない。盆も正月も、台風でもコロナ禍でも、砂を掃き、植栽を剪定し、芝を刈り、5万坪の庭園で客をもてなし続けているのである。
広い庭を見渡せる大きなガラス張りの喫茶室が二つ、そして薄茶が飲める立礼の茶室がひとつある。2020年には魯山人館が新しくオープンした。この空間は照明も繊細で展示ケースのガラスの透明度も高い。コレクションの充実もさることながら展示物におのずと集中してしまう。奔放で磊落な魯山人の篆刻や作陶の息遣いは、庭とは対照的であるが、美に対峙した後の一息を過ごす空間として、この美術館はとても居心地がいい。
2021.10.4