素材が響き合うヴィラ群

鈴鹿山脈の伊勢湾側の麓、湯の山温泉に展開する、陶芸家・造形作家の内田鋼一の設計およびアートキュレーションによるオーベルジュである。12棟のヴィラと、受付のある管理棟、そして棟ごとに分かれた3つのレストランからなる。ヴィラはそれぞれ「素材」をテーマとした建築およびインテリアとなっており、石・土・木・紙・鉄・漆喰・硝子・漆という素材ごとに、間取り・家具・照明・風呂、そしてそこに配されるアートが異なる。

石をテーマとしたヴィラ「石砬(せきろう)」は、土地を造成した際に現れたこの土地由来の「菰野石」を、そのまま玄関やリビング、そして寝室に据えたものである。人の背丈よりも大きな石が、あまりにも自然にフローリングの床の上に鎮座している様子に、倒れてこないかと最初は少なからず戦慄を覚える。しかしすぐに自然の露出としての石の肌合いになじみ、石の存在感や物質感を居室や寝室に抱く非日常の愉楽に心が満たされていく。

土をテーマとしたヴィラ「囲土(いのつち)」は、丸い縁を持つ湾曲した壁と、ふっくらと盛り上がった窓際のマウンドを持つ空間である。リビングの中央に置かれたベージュのソファは、左官仕事の妙による柔らかな壁土の肌触りに見事に呼応している。マウンドの上にはアフリカでベッドとして用いられていた木製家具が置かれており、そのシルエットが色濃く土の背景に映えている。味わいあるひび割れのテクスチャーを持つ土壁も美しい。

和紙によって濾過された柔らかい光に満ちたヴィラは、紙をテーマとした「紙季(しき)」である。玄関を入ると、太鼓張りの障子が不思議な格子の分割面を見せながら現れる。天井も壁も和紙貼りとなった室内は、紙に濾された光が淡く反響する静謐な空間である。天井から下がる照明器具も光を通す紙の造形である。紙を撚り合わせた紐を用いたソファも繊細な軽みを生み出し、白木のタオルハンガーも、この場の光に映えて心地いい。

それぞれのヴィラにある露天風呂も、部屋のテーマによって作り分けられている。石のヴィラ「碉石(ちゅうせき)」の浴場空間は、細かい砂利の洗い出しの床に、有機的な形の菰野石がどかりと座り、丸い湯壺の縁は優しげに盛り上がっている。「囲土」の浴槽は土によるキリリとした左官仕上げで、「紙季」の風呂は、まるで紙の造形のように、エッジやオーバーフローの仕様が繊細にできている。泉質はいずれも良好で、ぬるりと肌にやわらかい。

部屋に配されたアートも、個々のテーマに添ってこの宿の味わいに奥行きを与えているが、書棚に置かれた書籍も、各素材にまつわる名著が数少なく並んでいて、思わず手が伸びる。選書は選書家・幅允孝の仕事で、この空間に滞在する楽しさをさりげなく後押ししてくれる。先細りのテーパーを巧みにつけた十文字の書架が壁に小気味のいい緊張を添えていたり、石垣の壁から石の書架がせり出していたりと、見どころは尽きない。

オーベルジュの主役は食である。薪を使う竈で、選りすぐりの熟成肉を焼いて出す。「ひのもり」は火の字三つを森の字に組んでこう読ませる。三重県といえば伊勢湾の海の幸に恵まれた地であり、生きのいい鮑や伊勢海老を、時季に応じて刺身で、あるいは焼きすぎない絶妙の火加減で出してくれる。空間は分厚い角材の調理台と、引き締まったダイニングテーブルのコントラストが心地良く、料理にも酒にも会話にも自然に酔える。

2025.4.7

アクセス

湯の山 素粋居
〒510-1233 三重県三重郡菰野町菰野 4842-1