庭の石や木のように静謐な風情

湯河原の若草山の傾斜地に建つ9の客室からなる旅館。石葉の名は1964年に三部屋から宿を始めた女将小松民枝の命名で、庭の石や木のように静謐な風情と、石に苔むすような息の長さを期してのこと。現在の建築の原形は、子息小松秀彦によって二十年ほど前に出来上がった。吉村順三事務所で働いていた叔父に設計を依頼したそうだ。和と近代を融合する作風で日本建築に重要な足跡を残した吉村順三の影響がここにも及んでいる。

確かに、これ見よがしな演出は一切なく、美は程よく抑制されつつ細部まで丁寧にできている。毎日差し替えられる花も瀟洒な花器に生けられて美しいが、この土地の植物らしく野の風合いを感じさせる。香炉の灰のあしらいなど秘めやかな作業も毎日欠かさない。つまり美意識は保ちつつ、無用な緊張は慎重に遠ざけてある。料理も器もよく吟味されていて、隙がないのにゆったりと楽しめる。

白い暖簾をくぐって行く離れの雰囲気は格別で、障子によって濾過された柔らかい光に満たされている。夏は窓に葦簀戸がはめられ、光はより涼やかになる。壁際には床に掘り込まれた、足を下ろせる壁机が据えられている。ネットの接続もスムースで、休息と仕事が融合し、休みつつ仕事をし、仕事をしながら休息するという人種にはありがたいしつらいである。

自家源泉は透明で、掛け流しの湯が個室の檜風呂を滔々と満たしている。大浴場は、遠く十国峠や岩戸山を見通せる場所に設けられており、湯上りの間にはジョージ・ナカシマや、イームズの椅子が配され、景観と座り心地の良さがくつろぎの空間を和ませている。腰を下ろすと体の芯からリラックスできる。脇のテーブルに置かれた形のいいポットには、香ばしい明日葉茶が冷えている。

庭や廊下は、名前の通り石と木々、草花や苔が美しい。土間のモルタルに混ぜられた細かい玉砂利が織りなす通路は、木の草履の底に心地よい感触を伝えてくる。一日に何度か水が撒かれ、濡れた敷石が隠微に光る様も優雅である。いつ訪れても、少しずつ空間やしつらいに新たな工夫が加わっている。それをわかる客に好まれて、目利きや文化人のリピーターが多い。

2019.7.18

アクセス

〒259-0314 足柄下郡湯河原町宮上749