生命の多様性を浴びる
ラジャ・アンパット諸島は、コンドルのような形をしたニューギニア島の、嘴の先に当たる海域にある。日本ではないので番外編ということになるが、二度訪れて、なおまた行きたいと思う場所である。経度はほぼ九州と同じで時差はない。鹿児島からまっすぐ南下できたら近いだろうが、実際に行くとなると、ジャカルタ経由となり大変な遠回りになる。飛行機を乗り継ぎ、高速ボートを用いて、辿り着くのに丸一日かかる。
赤道直下のこの海域は、インド洋と太平洋が交わるあたりで、水中生物の多様性が最も豊富だと言われている。行きにくい場所だけに、驚くほど水が透明で、海面からでも驚異の珊瑚礁の広がりが見える。専門家ではないので、正確なことは言えないが、ありとあらゆる珊瑚が、アクアリウムのような透明な水の下に広がっているのだ。ここに来ると、地球という水の惑星が育む生命という奇跡を、目の当たりにするような気持になる。
水が澄んでいるので、海中と陸上が同じ露出で写る。したがって、海面のラインにカメラのレンズの中心をおいてシャッターを切ると、海と陸と空が同時に撮れてしまう。最初に訪れた時は、そんな写真を写真家と一緒に撮った。陸地に育つ植物による森は、やはり生物多様性の宝庫と言っていいが、海中にもまた、これとは全く異なる生物の森のめくるめく多様性が、海面を対称に展開しているのだ。それをまさに思い知らされる。
宿泊したのはクリ島にある「パプア・ダイビング・リゾート」。海に張り出した桟橋の風情には、海の心地よさに感じ入る何かがある。空調の効いた木製ロッジが、浜から数メートルの茂みに点在している。施設を経営しているのはオランダ出身のマックス・アマー氏。1991年にこの地を気に入って施設を始めた。運良く「NATIONAL GEOGRAPHIC」誌という文化・科学に見識ある雑誌の取材を受け、この地は世界で一目置かれる場所となった。
僕はダイビングの免許を持っているが、ここではタンクを背負って潜る気にならない。浅瀬は海水の透明度も抜群なので、時間を気にせず珊瑚礁のスペクタクルを堪能できるシュノーケリングで十分だからである。陽光を受けて海中生物が躍動している。無数の魚たちは、それぞれの珊瑚、それぞれのイソギンチャクと緊密なコミュニティを形成しながら群れ泳いでいる。いのちの豊饒を全身に浴び続ける体験である。
「低空飛行」はこれまで全てスマホで撮ってきたので、ここでもそれを続けるべくスマホをマウントし、水の中でも使える機器を準備して水中撮影に挑戦した。波の揺れのせいでカメラも揺れるが、全て自然光で撮影できた。水中生物の織りなすかたちに魅了され、思っていた以上に撮影に熱中した。クマノミという魚は、イソギンチャクの触手に身を隠す習性を持ちながら、なぜあのようにオレンジと白の対比を鮮烈に浮かび上がらせているのか。
珊瑚礁の生物の色彩は不思議である。微発光しているような原色の魚もいれば、光を吸い込む漆黒の魚もいる。フラクタル構造をなす珊瑚の色彩はいずれも無数の色の集積に見える。生物の鮮やかな色彩は何のためなのか。なぜ僕らの目にこのように映るのか。太陽光が波にゆらめきながら差し続けた結果として、生命が陽光へ応答する色彩をいつしか帯び始めたのだろうか。この海域にいると、心なしかその理由がわかる気がする。
2024.10.7