美観集落の再生と未来

刈羽の黒姫山の麓、鯖石川の河岸段丘を登ると、中央に稲田を抱いた美しい集落がある。荻ノ島環状集落である。ここを訪れたのは26年前、友人の鈴木輝隆氏に連れられて、デザイナーの梅原真氏、建築家の隈研吾氏と一緒に、改装された茅葺家に泊めてもらった。過疎化していく地域の未来を考え、古民家を財産として、地元の野菜山菜料理を活用しつつ客をもてなす仕組みを考え出した当時の高柳にはまさに先見の明があった。

今は柏崎市に編入合併したが、当時の高柳町は、未来ヴィジョンを日本の他の地域に先駆けて策定していた。今でこそ、古民家を再生させる宿泊サービスはどこでも行われるようになったが、自前の文化を未来資源と捉えて、その活用を考えていく計画がこの地に生まれたのは、日本がまだバブルの余韻に浮かれていた1988年のことである。「高柳町ふるさと開発協議会」が発足し、当時の地域振興担当であった春日俊雄氏に集落の将来構想が託された。

町のヴィジョンの構想チームは、ドイツのヴィースバーデンやローテンブルクからミュンヘンを結ぶ街道の街、そしてユーゴスラヴィアの山岳リゾートを視察し、自前の文化を資源として外来者を迎え入れる欧州の地域経済の作り方に目を開かれたという。同時に、当時の日本の地域活性化で指導的立場にあった島根大学名誉教授、安達生恒氏のアドバイスを受けつつ、茅葺の環状集落の景観を基軸とする未来ヴィジョンが作られたそうだ。

2mを超す豪雪地帯の古民家は、柱も太く堂々としており囲炉裏を囲む古来の暮らしの知恵が息づく空間は、伝統的な暮らしを失いつつあった日本の人々の心を掴んだ。しかし保守的で変化を好まない感情はどの地域にもあり、その気持を前向きに巻き込んでいくことが、革新的な計画の推進力になる。ひととき住民の反発を招いた時期もあったと聞くが、再生した宿に灯りの灯る日が増えるにつれ、人々の気持ちは軟化していった。

鈴木輝隆氏は「みつばち先生」と呼ばれている。その所以は、花粉を伴って地域に咲いている花の周りを飛び回り、時に地域に受粉の実りをもたらす点にある。梅原真も隈研吾も僕も、みつばち先生の「花粉」であるが、高柳町では最初に梅原真が、追って隈研吾が受粉した。梅原真は高柳町の「じょんのび」のポスターや「はさがけ米」の袋をデザインし、隈研吾は、隣村・門出の小林康生氏の和紙を活用し、古民家の改修を行った。

荻ノ島環状集落は、古民家改装整備から31年が経過した。優れたヴィジョンも時代の経過とともに次の課題に遭遇していく。かつて、60代から70代の女性を中心とした郷土料理を、食のもてなしの中心に据えていたが、高齢化と過疎化によって事業を支える人材不足に直面している。こうした人材不足が、集落に次々に発生する空き家の再活用を阻んでいる。世界的な遊動の時代を見据えた、さらに新たな事業の構想が待たれている。

隈研吾の和紙の古民家は、ひととき傷み始めていたが、現在は和紙を張り替え、2022年に週末に開くカフェとして活用されはじめた。カフェを営むのは橋本和明、紫乃さん夫婦で、ご主人は平日には茅葺の職人として仕事をされているとか。いただいた水出しコーヒーや、茅葺家を模したシフォンケーキは、想像以上に美味しかった。和紙の空間は優しい光をたたえている。この地に移住した若夫婦には、生後2ヶ月の赤ん坊がいる。

2023.7.3

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荻野島 環状集落