和の洗練を世界の客にさし出す現代感覚

海外からの客をもてなす際にはこの宿に案内することが多い。無理なく自然に日本の宿の醍醐味を味わってもらえるからである。繊細な室内空間や調度、接客の丁寧さ、旬の食材や調理技術、器類の面白さや個室温泉の洗練度、スパの施術の素晴らしさなど、どれも日本人として誇らしい気分になる。とりわけ中道一成、幸子夫妻の人柄と心意気、客に良い時間を過ごさせようとする気遣いが随所に満ちているところがいい。

旅館の主人として4代目になる中道一成氏に嫁いできた現在の女将は小学校の教師であった。明るく前向きな性格で一成氏を支え、団体向け温泉宿だった「べにや」を、個室温泉付きの高級旅館へと変貌させた。改装を担った建築家は竹山聖。庭に面したロビーを開放的な空間とし、低い椅子とテーブルを配することで、宿のへそとなる空間を生み出した。7階建てのビルを閉め、本館4室の改装がなったのは1998年のことである。

個室温泉付き旅館を徹底して研究したと語る竹山聖が手がけた客室は美しくミニマルな和様。人気は高まったが、4室だけでは客の期待に添えない。旧来の部屋と改装した部屋が混在する状況では予約も混乱し、勘違いして失望する客の表情にも背中を押され、改装が加速していく。やがて本館の全てが改装を終え、庭に面した3階建ての別館「無何有」棟が完成し、宿の方針が明快になった。「べにや無何有」の誕生である。

この宿の魅力は、少しずつ確実に変化している点だ。閉鎖していたビルの2階を「方林」と称する多目的空間としてしつらえ、それは現在、感じのいいレストランへと変貌している。薬草を用いる施術を独自に工夫した施術院「円庭」や、客室から離れて集中した時間を過ごせる図書室、亭主が薄茶でもてなしてくれる侘びた茶室も庭の一隅にある。外国人に使いやすい和洋室も、畳が苦手な人々には嬉しい配慮である。

亭主の現代美術好きが、この宿には密やかに滲んでおり、野趣溢れる草木に満ちた庭の一隅には宮島達男の大作がひっそりと配されていた。21世紀美術館で隈研吾の呼びかけで行われた「T-Room」プロジェクトで僕が制作した蹲「方寸」も、施術院「円庭」のエントランスに設置され、元気に動き続けている。旬の蟹や鴨鍋も絶品だが、そうした旅館の醍醐味の後ろに息づいている現代感覚が、この宿の隠し味なのである。

2019.7.18

アクセス

〒922-0242 石川県加賀市山代温泉55-1-3