日本式ミニマルを堪能できるホテル
東京、銀座は、汲めども尽きない魅力を秘めた街だ。世界のトップジュエラーも古美術店も、懐石料理店もエスニック料理屋もガード下の屋台も、能も歌舞伎も宝塚も......、入り込むほどに奥が深く、まさに東洋のメトロポリスの醍醐味を味わえる大人の街である。そんな銀座を探訪するならど真ん中に泊まってみるのも一興。まだ夜が明けきっていない朝まだきの散歩など特にお勧めしたい。街が目覚めていく息遣いが感じられて面白い。
「簡素を旨とし、豪華に引け目を感じず、むしろ簡素であることが誇らしくなる境地」これが無印良品の根本をなす思想である。1980年、日本がバブル経済に沸き立っていた頃に無印良品は生まれた。販売と流通の合理化を目指した実業家・堤清二と、透徹した生活美学を志向したデザイナー・田中一光の交感から生まれた着想は、世代を経てホテルにたどりついた。ものから派生してことにたどり着いたとも言える。
2019年に無印良品は、新しい旗艦店を銀座にオープンさせた。地下1階から地上5階までは無印良 品の店舗であるが、6階から10階までがホテルとなった。客室もパブリック空間も、内装材は木、金、土、つまり天然素材で構成されており、空間に独特の肌触りがある。客室のしつらいは簡潔だが、細部まで目の行き届いた簡素であり、考え抜かれたミニマルである。それはコンセントやUI、伝票、ルームキーまで一貫している。
MUJI HOTELの面白さは、無印良品の思想を、商品ではなく文脈をもった生活空間として味わえる点である。約40品目から始まった無印良品だが、今日では、衣料品・生活雑貨・食品を柱に7500アイテムを数える。綿棒やティッシュペーパー、スリッパ、歯ブラシ、タオル、机、ランプ、ベッドなど......、生活の背景をなす物品が店に商品として並んでいるのではなく、ここではそれらをホテルの泊まり心地として体験できる。
湯沸しポットやコーヒーメーカー、アロマディフューザーや目覚まし時計、そして空気清浄機も壁 掛けスピーカーも、目にするもののほとんどは無印良品。引き出しを開けると、文具もコーヒーカップもスプーンも......、テーブルの上に載っている書籍はMUJI BOOK。こう書くと、押し付けがましく聞こえるかもしれないが、緻密・丁寧・繊細・簡潔なる美意識の連鎖は、想像以上の心地よさを醸しているはずである。
6階のフロアはいわゆるロビー階ということになるが、ここは「ATELIER MUJI」という名称の、ギャラリーとライブラリー、バーやショップが一体となった特別な空間である。ここには福岡のインテリアデザイナー永井敬二氏のモダンプロダクツの銘品コレクションが明快なキュレーションで展示されており、デザイン好きには奥深い情報が、そうでない向きにも、デザイン哲学のエッセンスをさ らりと堪能できる趣向が凝らされている。
2020.9.7