美術大学の図書館はアートである
毎年、桜の季節になると足の向く場所がある。わが大学の図書館である。設計は藤本壮介。暗色のガラスが鏡のように満開の桜を映して、建築と桜の境界がまぎれるような幻想的なイメージが忽然と現れる。ちょうど卒業式と入学式をまたぐ時期で、この大学で教鞭をとる身として、別れと出会いが交錯する複雑な心境をこの風景にゆだねたい気持ちになるのだ。身近な施設だが、優れた対象と考え取材することにした。
図書館ができたのは2012年。すでにあった美術館や民族資料館、そして新設の図書館とイメージライブラリーを統合して「武蔵野美術大学 美術館・図書館」という「美と知の複合施設」となった。 建築家・藤本壮介の着想は「書物の森」であり、本のコスモスへの意図的な迷い込みを織り込んで、未知なる出会いを創発させる空間づくりであったとか。確かに、建築に誘われて知らないうちに書物の森に迷い込んでいく。
入り口を入って驚くのは空っぽの本棚が並んでいることである。図書館なのに棚に本がない。しかし、棚に見える部分は書架ではなく壁で、ここに書物は置かれない。あえて空白の書架に囲まれたような空間を作ることで、そこに何かをイメージしてもらうとか。実際には32万冊の書籍と、学術雑誌、専門雑誌など5000タイトルを蔵し、20世紀アバンギャルトや、博物図譜などのコレクションで、つとに知られた図書館である。
「美術館・図書館」と銘打つ理由は、美術館での鑑賞と並行して書籍やイメージ資料に触れられるという、ユビキタス・インフォメーション・アクセスを意識してのもの。事実、当美術館のコレクションとして知られた「椅子コレクション」と同様の椅子を、書架の脇に配して、椅子デザインの名品に座って読書が楽しめる。彫刻も随所に配され、照明器具、サイン、家具備品も充実していて、空間そのものが美術品のようである。
試しに江戸期の日本の博物図譜の資料を出してもらった。博物学者であり図像研究家でもあった荒俣宏氏が、そのコレクションを寄贈したことで知られる世界の博物図譜の資料はとても見応えがある。資料は学生や教員しか閲覧できないが、収蔵されている博物図譜の全ページは、高精細な画像としてインターネットで利用できる。月に2~3回、海外の団体からの要請に応えて、同施設の建築見学ツアーが開催されているという。
2020.6.1