過去と未来が透けて見える場所

ムンバイの建築家ビジョイ・ジェインを中心に、プロジェクトの担い手である若者たち、職人、技術者、専門家が意識を共にしつつ繋がり運営されている、生命力のある宿である。海を見下ろす尾道の、山側の傾斜地に建つ鉄筋コンクリートのアパートが、丁寧な見立てによって再生されている。苦労と成果を共にすることで、誇りを共にし、語り部となる。この施設を運営する人たちは皆、饒舌にこの施設の成り立ちを語ってくれる。

狭い2DKが24室、誰が見ても壊すしかない古アパートをあえてコンバージョンに踏み切ったのはオーナーの慧眼だろう。手で触れ、感覚の全てを使って建築をつくりあげていくビジョイ・ジェインにこの仕事を託した点も絶妙である。「尾道は歴史と現在が透けて見える街、そこが面白い」と語った建築家は、壁を大胆に取り払い、街や時間に開かれた、簡素で美しい空間を作り上げた。経年変化もむしろ前向きに受け入れる。

大きな開口部を持ち、周囲の景観を取り込むこの施設に、客室は6つしかない。中央の建物がとりはらわられて、コの字の施設の中心は、ぽっかりと大きな中庭になった。反対側は山に向かう崖のような急斜面。ここに建築家は小津安二郎の『東京物語』を投影したいと思ったそうだ。このイメージから、中庭に面した手すりは軽く透過感のある仕様が選ばれたとか。つまりシェークスピアの劇場のような空間に仕立てようとしたそうだ。

客室は「繭のような」というジェイン氏のイメージに従って和紙が選ばれた。横桟のない障子や小窓、オンドル紙のような紙が床に貼られている。垂直と水平が支配する和的な空間であるが、確かに繭の中にいるようだ。京都の黒谷で和紙と、その関連文化をつくり続けるハタノワタルの手になる和紙は、白すぎないように土地の土を混ぜているとか。バスやトイレなどの水まわりは、象牙色の丸いタイルでびっしりと覆われている。

建築外観をはじめ、ダイニングやバー、ライブラリーなどの壁の色合いに、知らず気分が落ちついていく。空間の隅に気配りがあり、アールもやさしい。左官の仕事、そして施設のスタッフが参加した塗装作業の賜物であろう。建物のあらゆる場所に作り手の想いを感じる。日本は今後、ややつつましい国になるが、そこに刻まれている歴史や時間を誇らしいものと感じる、そんな未来の匂いを、この施設から感じ取ることができる。

ギャラリーには、LOGをつくる際に用いられた模型や壁の色出しのサンプル、初期の建築ドローイングやサインの試作などが、丁寧に保管されている。ものやことを生み出していく姿勢や情熱がきちんと保存され、施設の未来を担う人や、来訪者たちの閲覧に供せるように整理されている。日本の未来も、人類の未来も、コツコツと積み重ねられる知恵によって守られ開かれていくという安心と確信を、ここで得たような気がした。

2020.3.2

アクセス

〒722-0033 広島県尾道市東土堂町11-12