圧巻の地産地消料理
このオーベルジュの記事をいくつか目にしたことがあり、興味をそそられ訪ねてみたが、想像以上の料理に圧倒された。利賀村は富山の山間にあり、アクセスしにくい場所である。その分自然の景観は素晴らしい。新幹線の富山駅から車で約1時間、当日は粉雪のちらつく天気であったが、雪化粧の山や谷の風景は厳しくも美しく、雪深い山懐に入り込んだという感慨もある。しかしそこで振る舞われた料理はその感慨をさらに覆すものだった。
オーナーシェフの谷口英司氏は、大阪に生まれ、フランスでの修行も経験している人物だが、利賀村に店を置く決意をしたのは、富山の風土や食材に自身の料理思想を目覚めさせる豊かさを感じたからだと、いくつかの取材に答えている。確かに富山は、山や海の幸に恵まれた土地である。富山湾は岸近くからいきなり深くなる海であり、魚介の種類も豊富である。山には野生の動物が跋扈している。山菜や地物野菜の宝庫でもある。
熊や鹿、猪や雉などのジビエは地元の契約猟師から直接仕入れ、衛生管理の行き届いた熟成庫に保存されている。熟成庫の窓を覗かせてもらったが、確かに、きちんと処理された鹿や熊が吊るされていた。日本酒もワインも富山産のものが吟味され、ワインセラーに丁寧に貯蔵されていた。かつてコペンハーゲンの「NOMA」というレストランで驚くべき料理に出会い、料理観を更新させられた経験があるが、今回の経験もそれに近い。
料理が運ばれてくる度に、器を含む光景に目を見張る。ここで料理を賞賛する言葉を並べても専門家には及ばない。ただ、地域の産物を丁寧に吟味し、より高い価値に変容させていく営みには正直に言って頭の下がる思いである。料理の才能と言ってしまえばそれまでだが、素材の発見に始まり、それを成就させていく過程を想像する時、これにかかる膨大なエネルギーを思わざるを得ない。優れたものには必ず相応の手間が必要だ。
水蛸の足を薄くスライスしたものと吸盤の食感の対比に感心させられた。熊肉も赤身は蜂蜜を熊の出汁とあえたソースで食べさせ、脂身は薄くスライスしてしゃぶしゃぶ風で出す。いずれの皿も目を奪う。圧巻は「レヴォ鶏」の皿。提携先の農家で特別な飼料を用いて丁寧に育てられた鶏だそうだ。腿肉と胸肉、熊の脂、そして餅米が鶏皮にぴしりと包まれている。手に持ってその弾力にかぶりつくと熱い肉汁が口腔内にほとばしる。
口の狭い器で供される「大門素麺」にも唸らされた。半生の麺をアルデンテに仕上げたもので、スープは山羊のチーズの白いスープとフキノトウの緑のオイルが混ぜ合わされ、優しい風味とかすかな春の苦味が香ってくる。鹿肉は脂の少ない赤身が絶妙の火の通し加減で運ばれてくる。吟味されて作られた、ずしりと手に馴染むナイフの切れ味も冴えている。添えられているのは海老芋とクワイの素揚げ。ほうれん草は根付きである。
オーベルジュとして、敷地にはレストラン棟と3棟のヴィラ、パン小屋、そしてサウナ棟がある。ヴィラは外連味(けれんみ)のない気持のいい内装で、大きなガラス窓の外に雪景色が広がっている。ロビーや客室内の調度、レストランの家具や器、そしてカトラリーなど、いずれもオーナーシェフの目が通っている。今回はランチのみで宿泊はしなかったが、次はぜひ泊まりで、この地の自然の中に身体を開放しつつ、レヴォの料理に五感を集中させてみたい。
2023.4.3