静寂の海を回遊する高級旅館

船が動き出したことに気づかない。同乗していた友人が「隣の船が動きだした」と言うので、窓外を見るとそうではない。こちらの方が動いている。エンジンではなく電気でスクリューを回し、瀬戸内海という波静かな海を行くため、船とは思えないような滑らかな走行感となる。これにまず驚きを覚える。造船会社を親会社とする事業者が潜在させている、高い造船技術のなせる技であろう。

日本で最初の国立公園の一つである瀬戸内の島々は、海に浮かんだ盆栽のようだ。島々の形もそれを覆う木々も、それらを育んだ自然や陽光も、のどかである。豊かな海景と海の幸を丸ごと、高度なもてなしと配慮の行き届いた空間、そして和食の文化で包み込み、供そうというのが『GUNTU』である。世界を目指すなら足元にあるローカリティを磨き上げて突破すべし。そういう視点を胸のすくような着想と流儀で実現している。

木を用いた落ち着いた内装の船内には、19室の客室、メインダイニング、ラウンジ、バー、檜の浴槽を配したスパやトリートメントルームもある。出航してしばらくすると船に小さな漁船が近づいてくる。とれたての蛸を届けにくる漁船である。海上で入手した蛸を、板前がその場で包丁を振るって刺身にする。醤油の入った小皿と箸を渡された乗客は、出し抜けにとれとれの蛸を食べさせられるというハプニングに出会うのだ。

メインダイニングの奥には6席の鮨カウンターがあり、淡路島で定評のある板前が乗船する。鮨好きにはたまらず、夜、昼、夜と三度の食事を鮨カウンターで過ごした。専属料理人と化した板前は、いずれの回も飽きさせることなく、瀬戸内の海の豊饒を食の愉楽に変え続けてくれた。酒も、肉・魚も野菜も全て瀬戸内の素材が吟味されており、窓外を静かに流れていく景色を常に目の端で味わいつつ至福の時が移ろう。

客室にも浴槽はあるが、大浴場は船尾に配されており、浴槽に浮かぶ柚子の香りに包まれつつ、曳航の軌跡を眺める。乗船したのは2泊3日で因島から小豆島周辺を回遊するコースで、搭載のテンダーボートで、直島や小豆島、鞆の浦などへの小旅行も楽しめた。『GUNTU』とは、瀬戸内で獲れる青色の小さなカニのことである。味噌汁や鍋に入れて出汁をとるための滋味深いカニを、地元の人たちは親しみを込めて「ガンツウ」と呼ぶそうだ。

2019.7.18

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