野趣溢れる茅葺屋と石風呂

茅葺の古民家を移築し、部屋の中に野趣あふれる石造りの風呂が据えられている。近年は古民家の再利用も珍しくはないが、その元祖的存在として雅叙苑は今日でも凛とした風格を備え、ゆるぎなくその魅力を発してやまない。宿の炊事が始まると竃の白い煙が茅葺の屋根から外へじわりと滲み出す。その風情は古来より続いてきた日本の暮らしの原風景を思わせる。

共同で使う大浴場の風呂は巨石でできており、どっしりとした量塊感と、時を経たすさびが五感を通して伝わって来る。巨大な岩を手作業でくりぬいたという威風堂々の構えには思わず見ほれてしまう。石風呂の存在感は客室も同様である。部屋で最も居心地のいい場所に温泉が湧いていて、いつでも湯に入れる。つまり温泉付きの個室ではなく、温泉を中心に居室が生み出されている。

宿の料理で素晴らしいのは鶏の刺身である。近隣に鶏の放牧場を持ち、野生に近い状態で育てられた地鶏の生肉が青竹の器に載せられて出て来る。コリコリとした歯ごたえは、まさに野の味覚。食べているうちに、眠っていた野性が目を覚ますようだ。青竹とはその日に伐られた竹であり、箸も青竹で用意されている。要するに鮮度もまたこの宿の命なのである。

自家栽培の野菜が、外から見える開放的な調理場の、階段状に設けられた貯水場で冷やされている。まさに天然の冷蔵庫であろうか。人参や大根は短冊に切って縄をかけられ、宿の敷地内に干されている。竃の火は薪をくべられて燃え盛り、料理どきの調理場の前を通りかかると飯釜をたく白煙で目が痛い。そんな光景や薪の香りが、かつて確かにあった暮らしの知恵を思い起こさせる。

部屋から共同浴場の大風呂に行く道中には茅葺の「囲炉裏小屋」があり、丸太を3本ほどくべた囲炉裏の端に、お湯割の焼酎が入った青竹の酒筒が刺さっている。程よい塩梅に温まったこの酒を、客は自由に飲める。川のせせらぎが程よく響く宿の敷地内には、鶏の一家が自由に歩き回っていて、雛が親鳥について歩く姿が微笑ましい。これは食用ではなく雅叙苑の守り神のように見える。

2019.7.18

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