水平線と光と石

現代美術家、杉本博司の仕事が集大成されつつある場所である。「測候所」というのは、夏至や冬至の太陽の運行という天象を建築と融合させた施設の特徴を、ことさら平明に名称化した杉本博司一流の諧謔であろう。確かに、夜明け前にこの施設に佇んでいると、施設全体が光に感応して行く様子がわかる。光、石、建築、水平線、天体の運行、そして時間が連繋していく壮大・緻密な美の実験場である。

杉本博司の代表作「海景」は、高台から見下ろすように海を望む、中央に水平線を配した構図の写真の連作である。人間の網膜を印画紙にたとえると、そこには人類史と同じ長さの影像が露光され続けてきたことになると氏は語っている。そのようなイマジネーションを背景として、無数の影像の累積の果てに立ち現れてくる世界像として「海景」を杉本博司は撮り続けているのかもしれない。

江之浦測候所の中核は「海景」の連作を展観する長さ100メートルのギャラリーである。海に向かってまっすぐに伸びる空間の先には、現実の海景が写真と同様のトリミングで出現する。小田原の高台を選んだのは、この地から眺める鋭利な水平線が幼い頃に体験した自我の覚醒に一致しているからだと当人は語っている。幼少期の体験から自然が豊かに残るみかん畑を手に入れ、海景に共振する空間を作ったということか。

夏至の来光は「海景」の展示室の正面から現れ、100メートルの空間を一直線に貫く構成である。また、冬至の来光の位置を精密に測定し、それを走らせ受けとめる、分厚い鉄板でできたトンネルも用意されており、四角く暗いトンネルの中で来場者は再び、完璧にトリミングされた、生きた「海景」に遭遇する。要するに、施設の基本構造には夏至と冬至の来光の入射線の交差が内包されている。

施設は、ギャラリーを中心に、光学ガラスを敷き詰めた能舞台や茶室、待合、門、あるいは古代の遺構を思わせる造作物などが散在しており、その多くには「石」が用いられている。これらは日本の建築史あるいは伝統工法を通観するものとして設えられていると同時に、石という強靭な物質を用いることで、歴史を伝承しながら未来へと人の営みをつなぎ、さらなる時を刻んでいく考古的アートとして構想されているのだろう。

石と光

「未来素材は古材である」と語る杉本博司は石好きである。平安時代にまとめられた『作庭記』に「まず石を立てること」が説かれているそうだが、氏はここでは「石を伏せること」を意識したそうだ。用いられた石は、古墳時代から近世までの考古遺物から近隣で採れる根府川石まで多様である。岩石が地球の組成の記憶を宿すものと考えると、それらが集められ「伏せられた」空間の、水平線との呼応もわかるような気がする。

鉄の隧道と並行し、冬至の太陽の運行軸に合わせて光学ガラスの能舞台がしつらえられており、実測再現された古代ローマの円形劇場の客席がそれを取り巻いている。海を背景に浮かびあがるガラス舞台は、日の出から日没まで天空を映し続けて見飽きない。また、施設の入り口に配された室町時代の寺院の門や、利休の名茶室「待庵」の写し「雨聴天」など、数寄三昧境が展開されており、氏のイマジネーションの赴くまま、空間は成長を続けている。

2019.7.18

アクセス

〒250-0025 神奈川県小田原市江之浦362番地1