海洋の実態を意識に染み込ませる装置

BLUE OCEAN DOMEは大阪・関西万博の民間パビリオンである。2025年10月13日をもって終了する。これはその記録である。建築設計は坂茂で、大小の3つのドームで構成されている。Aドームは竹、Bドームは炭素繊維、Cドームは紙管でできていて、いずれも精緻な構造がドームの内側から見える。構造も自分で考案する建築家・坂茂の美しい空間を生かし、余計な壁は一切作らず、僕はこの館の企画・構成を練り上げた。

入り口となるAドームは「水の循環」を表現したインスタレーションを設置した。2000年頃から、超撥水塗料を用いた水のアートを、ぽつりぽつりと制作してきたが、これはその一つの集大成である。山に降る雨が、森を抜けてせせらぎとなり、池や湖を巡り、大きく蛇行する川を経由し、やがて海へと注がれる。海面で温められた水蒸気は再び上昇して雲となり、山にぶつかり、冷えて雨となる……。その諸相を再現した装置である。

細やかな構造体をすり抜けて落ちる夥しい水玉はダイヤモンドのように美しく、超撥水加工を施した白い金属板の上を移動していく水の振る舞いは驚くほど新鮮である。観客はまるで初めて水を見るような目で、水の動きを追いかけることになる。大きなうねりを持つ装置の上の水の運動はまさに蛇そのもの。「蛇行」とはよく言ったものである。流体の解析や板金の微細な加工は、精緻なエンジニアリングと加工技術のお世話になった。

Bドームの高さ15mの大空間には、漆黒のパラボラ型バックスクリーンの中央にはめ込まれた直径10mの半球LEDスクリーンが設置されている。約100席の観客席は、奥行きのある映像を堪能できるように、限られた狭い角度の扇形の内側に配置されている。無反射の黒塗装を施されたバックスクリーンは縁も裏側も客席からは見えないので、炭素繊維の構造を背景とした巨大ドームの中に唐突に出現する漆黒の円の中の黒い玉と、観客は対面することになる。

半球スクリーンは、約2.5mmピッチで配置されている。4階建ての建物に相当する巨大なスクリーンから10m以上離れた観客席からは、その粒状性やドットの配列は全く視認できない。背後に回ってみると、配置されたLEDパネルの数に思わず息を呑む。こうした思い切った装置の設計こそ、技術を、度外れたスケールで奔放に展開する万博ならではの醍醐味であろう。裏側の装置の様相も、終了後の記録として残しておきたい。

最初にスクリーンに現れるのは生命感に満ちた地球である。雲のレイヤーと地表のレイヤーの微妙な高低差によって、精緻さに加えて不思議な立体性が加味された。宇宙ステーションに滞在する宇宙飛行士の視線よりもさらに遠い、地球全体が視野に収まる距離感での地球体験は、重要なコンテンツの一つである。続いて始まる映像の音楽は、ハチスノイトという、巫女のような霊性を感じさせるボーカリストの、非言語の声であった。

披露されるのは7分のCG 動画である。映像のコンテを集中して描いていたのは3年半前だ。海洋へのプラスチックの侵襲は、かなり厳しい状態にあり、既に1️億 5千万トンものプラスチックが海に流入しており、さらに毎年8百万トンを超えるプラスチックが流れ込み続けている。これを放置すると2050年には、海の魚の総量を超えてしまうという報告がある。映像はこの状況を忘れ難い戦慄として来場者に伝えたはずである。

最後のCドームには、湾曲したスクリーンに、ドキュメンタリー映像が流れている。海洋問題に向き合う多様な立場の人々と、実践的にこれに立ち向かい活動する人々24名を取材し、記録映像として編集したものである。環境問題に明快な解決策はない。しかし、一人ひとりの自覚と小さな行為の積み重ね、そして多種多様な試みや運動が織りなす複合的な営みが、波のように無限に累積していく果てに、一縷の希望が見えるのである。

一連の展示の趣旨や技術解説、そしてドキュメンタリーのさらなる詳細を示した書籍を販売した。また、料理研究家の土井善晴氏による「海と山の超純水」と銘打った淡い塩水を、特製の紙キャップを装着した容器で味わってもらう体験も用意した。熊野の水に、高知の海から作った塩を加えたものだが、来場した元宇宙飛行士の毛利衛さんからは「宇宙から帰還し、口にした時に感じた地球の水だ」というコメントを頂いたという。

2025.10.6

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