白木の美と、未来へ抜かりのない存在感

宿に一歩入ると、白木と畳の織りなすミニマリズムに思わず背筋が伸びる。玄関で靴を脱がせる作法は、室内へ客を誘う基本であるが、広々とした上がり框は、非日常のはじまりを演出する空間として見事である。玄関の奥は大きな池で、その向こうに能舞台が見えている。廊下に続くホールも、池庭に面した部分は全て床までのガラス戸で、客は庭の光景をまばゆく堪能しつつ部屋へと誘導される。

旅館を継がなかったら建築家になっていたかもしれないという主人の嗜好が反映されてか、部屋のつくりは障子、ふすま、ガラスなど、間仕切りが極めて丁寧にできている。戸や障子の収まりも考え抜かれ、丹精を込めた大工仕事である。柱と間仕切りで構成されるグリッドの美に、客はまず心を奪われるはずだ。訪れた時には、ちょうどしだれ桜が見ごろを迎えていて、客室空間はさながら風景の見事な額縁と化していた。

宿の起源は500年以上前、掛川城主であった浅羽弥九郎幸忠が、臨済宗の修禅寺が曹洞宗として改宗された折に門前に開いた宿坊が始まりだという。現在の「あさば」は旅館業をはじめて七代目の時に別荘として作ったもので、やがて本館はなくなり、別荘が主となり、今の十代目に引き継がれている。七代目が東京から三年をかけて移築したという能舞台は宿のシンボル的景観で、全15室からなる宿の印象を束ねている。

この宿の色は畳と檜など天然素材で織り成されている。畳は清々しく、黒い縁のリズムが心地いい。ガラス戸の桟は細く、障子の桟とよく調和している。襖は京都唐長の雲母刷りで、森羅万象を描いた文様が、翳りの中の隠微な光に映えて美しい。床柱も床もすっきりと嫌味がなく、配された軸、生けられた花が凛として見える。楕円の桶型の檜風呂の仕様も縁の丸みも、館内の細部の造作と連携していて胸のすく思いがする。

到着すると、通されて一息つくためのサロンがあるが、ここはイームズの白い金属網の椅子が配された空間。ここから池に浮かぶ船を眺め、これから赴く部屋の建物を見通す。通路の一隅に、現代美術家、宮島達男の小品がチカチカと赤い数字を点滅させている。2019年4月に離れが新しく改装され、また一歩抜きん出た異界が完成する。日本を訪れる客の期待にたがわない存在感を、自負とともに携えつつ、未来へ抜かりはない。

2019.7.18

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