建築としての自然
「庭」とは、自然と人為の波打ち際である。人が成してしまった造形は、自然の絶え間ない侵食を受け続け、混沌へ混沌へと回帰を促され続ける。一方人間は、自然の侵食をくい止めようと努力し、そこに果てのない競いが生じる。結果として自然と人為のせめぎ合いに独特の風情が生まれてくる。それが「庭」ではないだろうか。建築家、石上純也が設計した「水庭」はそれを極めて現代的な文脈の中に顕現させたものである。
アートビオトープは、自然に囲まれつつ創作に向き合うことを意識した宿泊施設である。那須・横沢は本州の中央に位置し、南北の植物がともに繁茂する多様性豊かな里山である。水量豊富なせせらぎを抱きつつ営まれてきた宿泊施設に、新たにプレミアム・ヴィラとレストランが計画された。これを機に、開発によって伐採される運命にあった318本の樹木を生かすべく新たな庭が生まれた。
「水庭」の土地は元来森であり、先人たちはここに水田を拓いた。近年は牧場として用いられていたそうだ。水田には、脇を流れる上黒尾川から水を引き、傾斜を利用して棚田に水を張る仕組みがあった。この取水口を復活させ、川から引いた水を、160の池に流し込んでいる。最初は上手の8つの池に、そこから全ての池にパイプを通して、溢れることなく精密に水を循環させ、下手の川へと水を還流させている。
植え替えられた木々は、全てコナラやブナなどの落葉樹であるが、水際に植えると根腐れを起こして枯れてしまう。したがって建築家は160の池底全てを防水シートで覆い、水が浸潤しない方法を考案し、この景観を成立させた。木々の支えとして、地中には鉄骨が配されているとか。つまり「水庭」はハイテクで構築された建築である。移植された318本の木々は全て精密に計測され、模型化して配置が決められたそうだ。
木々の姿を映す水庭は、建築であると同時に生きている自然でもあり、そこには新たな生態系が息づきはじめている。周囲は鳥の声に満ち、池には無数のオタマジャクシが泳ぎ、草叢にはカエルが潜んでいる。敷石を巡り、腰掛石に座って水庭を味わう心地よさはこにしかない愉楽である。配された石も全て明晰な設計によるものだが、そうした人智に自然が浸潤していく。このようにして「水庭」は完成度を増していくのである。
2019.8.5