驚異の学術廃棄物の館

東京大学の西野嘉章先生を本郷の研究室に訪ねたのはもう20年近く前になるかもしれない。個人研究室に足を踏み入れるや、決して広いとは言えない空間に所狭しと配されたオブジェクトに圧倒された。骨格標本、鉱物標本、関数模型、プロペラの模型、有機的な形をした定規や、石器の数々……、要するに、かつて研究に供されたけれども、もはや学術的には無用になった、しかし極めて魅力的なものたちがそこに集められていた。

僕は一目でオブジェクトの虜になってしまい、いったいその魅力は何であるかを、西野先生と語らったことを記憶している。これは「AWAKENING」という対談企画として「Design」というクオータリー誌に展開され、毎回オブジェクトを選んでは対話を重ねていく予定であった。しかるべき写真家にオブジェクトを順次撮影してもらうことにもなっていた。残念ながら同誌は数号で休刊となったが、写真家がこの被写体に夢中になった。

オブジェクトに魅入られた写真家は上田義彦氏。動物の骨格標本やガラス瓶に入った液浸標本、人体模型など、学術的な出自来歴のラベルを既に失ったものもあったが、物体が発するオーラが写真家を動かした。本郷の総合研究博物館と小石川の分館に収集されていたAWAKENINGな物体を上田氏が撮り、僕が造本デザインを担当して『CHAMBER of CURIOSITIES』『百石譜』『鳥のビオソフィア』という3冊の写真集ができた。

書籍を制作したのは2006年から2008年にかけてのことである。時が経ち、丸の内の日本郵便のビルがKITTE丸の内として再開発される流れの中で、西野嘉章監修のもと、東大の学術遺産の展示施設がここに設置される運びとなり、2013年に現在の「INTERMEDIATHEQUE」が完成した。夥しいオブジェクトがしかるべき場所を得て、誰もがこれに触れられるようになったこと、そして西野先生の知性と才気がかたちになったことは本当に喜ばしい。

西野先生は優れた学識者であり、類い稀なデザイナーでもある。ロシア構成主義に興味を示し、立派なコレクションを持つかと思えば、台湾の繁体字の活字の美しさにのめり込み、それらの研究本を自身でデザインしてしまう。タイポグラフィの力量は相当なものである。博物館の展示ケースのデザインも、オブジェクトの配置も、細かいところまでディレクションが利いている。「INTERMEDIATHEQUE」はまさに西野嘉章ワールドである。

施設を訪ねるたびに感慨を新たにするのであるが、今回は「低空飛行」でここを紹介してみようと考えた。行くべき博物館、美術館は日本にも無数にあるが、東京大学の学術遺産が極めてインスパイアリングな感覚の覚醒装置になっているのだから、これは間違いなく東京の名所である。ラベルに記された一つ一つの活字にも、明治期の、国を背負って研究に勤しんだ学者たちの気概と覇気が滲むのが、この空間のリアリティである。

館内の全ての照明を消して、北向きの窓から入るやわらかな光を、ロールスクリーンの上げ下げで調光しながら撮影した。薄暗がりの方が骨格標本や関数模型の白が綺麗に見える。医学系の資料など撮影できないものも多く、また奥まって自然光の届かない場所もあるけれども、自然光の中で戦慄のオブジェクトたちと向き合ってみたかった。撮影は僅か数時間のことだったが、生命と宇宙の神秘にどっぷりと浸り込むことができた。

2022.3.7

曲線型紙セット、アカシカ全身骨格、哺乳類骨格標本、幾何関数実体模型、
「Chamber of Curiosities」、「Chamber of Curiosities」よりキリン橈尺骨とニホンザル頭骨、
「百石譜」、キツネ骨格標本、インターメディアテクロゴマーク、
「アートかサイエンスか̶知られざる四高遺産から」、
アパトサウルス・ディプロドクス骨格図、機構模型、大型地球儀、
エピオルニス卵レプリカ、ガンジスカワイルカ骨格 C インターメディアテク

空間・展示デザイン C UMUT works

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